トビラノのブログ

日記を毎日更新しています

エバー・イェイイェイ - 2021年1月16日の日記

 

 

 

 

録画していたエヴァ新劇を観た。

 

シンジくんはほんとに立派だな。

訳もわからずエバーに乗りなさいと命令され、仕方なく乗った時点で既にめちゃくちゃ偉いのに、自他の境界線が引けない大人から「乗るなら自主的に乗れや!!」と不当に怒られまくり、それでも逃げずに(彼の人生にとっては逃げることも善い選択となり得たかもしれないのに)自分の意志でエヴァに乗るようになるの、作中の誰よりも偉い。偉すぎるで賞を進呈したい。

 

エヴァ放送当時はシンジ=ナヨナヨ弱虫のダメ人間扱いだったのかもしれないけど、現代の感覚だと問題を抱えているのはむしろミサトやゲンドウらNERVの大人たちの方だ。特にミサトのシンジへの態度は一つ残らずひどい。きれいなお姉さんだからって何でもしていい訳じゃないんだぞ。

 

 

 

絵を描いた。


f:id:tobirano:20210116160050j:image

 

犬。

ほっとくと色合いやバランスが気に入らなくて思いつめてしまうので、今日はテキトーに描くことを意識しました。おかげで楽しく描けた。イェイイェイ!

 

 

f:id:tobirano:20210116160156j:image

 

10日前にクレヨン画を描き始めたときも同じ写真を見て描いたんだけど、比べて見るとすこーーーしだけ上手になったような気がしないでもない。

 

 

 

晩メシに青椒肉絲を作りました。


f:id:tobirano:20210116191434j:image

 

おいしくできた。

 

このあと友達とzoom飲み会をするんだけど、一人で先に0次会してしまい楽しくなってきてしまった。青椒肉絲めっちゃビールに合うし。

 

 

犬の顔を赤や緑や青で着色する理由と、他者への羨望と自意識にがんじがらめになった人を見るのがしんどいという話を今日の日記に書こうと思ってたんだけど、もうお酒入ってしまってムリだから明日のネタにしよ。さようなら。

 

 

 

 

 

 

リ(コ)ーダー - 2021年1月15日の日記

 

 

 

モルカー描いた。

 


f:id:tobirano:20210115232205j:image

 

おっきいシロモとちっちゃいポテト。

 

 

モルカーのアニメ、かわいいのは言うまでもなく、ストーリーも楽しいしカメラワークや見せ方も上手くてオモシロスゲ〜と感心してしまう。

モルカーの車内が器官の色をしているのだけはちょっと怖い。ネコバスみたいに車内も毛皮で覆われた"外側"にする選択肢もあったのに、あえて"体内"にしたところにこだわりを感じる。

 

 

 

夕方犬の散歩に出かけると、公園の遊具の頂上でちびっこがリコーダーを吹いていた。トトロだな〜と思って聞いてるうちに、懐かしい音色に乗せられて昔のとある記憶がブワッとよみがえってきた。

 

小学生のころ、私はリコーダーが大好きすぎて登下校中や家の中でもピーピー吹き鳴らすリコーダーバカだった。一時期は有志によるリコーダークラブみたいなのにも所属しており、同級生の間ではそこそこ上手いとされていた。

あるとき音楽の授業でリコーダーの合奏をすることになり、そのグループ練習のリーダーに先生は私を指名。私はリコーダーを演奏するのは好きでもリーダー役は絶対にやりたくなかった。正直に「やりたくない」と答えると、先生は「リコーダー上手だからいいじゃん」と食い下がる。「お願い、リーダーやって」「嫌だ」「なんで嫌なの?リコーダー上手だからやってよ」「とにかく嫌だ」………

しばらく押し問答が続いたのち、私はとうとう耐えきれなくなって泣き出してしまう。予想外の反応に先生は慌てて謝罪し、私はようやくリーダー役から逃れることができた。

 

なんてことない普通の(捉え方次第ではちょっと笑えるくらいの)思い出かもしれないけど、思い出した瞬間から一気に憂鬱な気持ちになってしまった。あのとき私は本当に本当に嫌だったんだ………。

 

 

こんなふうに昔(特に小学生の頃)のことを思い出してはブルーになる日が無職になってから明らかに増えた。上田啓太が2000連休の記事で書いた「未解決の感情」のフラッシュバック現象が起こっている。 

 

www.e-aidem.com

 

はぁ〜〜〜〜〜

 

でっかいため息つきながら一つ一つ消化していくしかないね。

 

 

 

アイドルとは他者のまなざしに依拠した概念であり、それを「目指す」という行為がいかに倒錯的か、アイドルを目指す以外の道を神によって閉ざされたアイドルたちの心は初めから機能不全ではないか……とか考えていたら、リアタイしようと思ってたエヴァ序が終わっていた。

念のため録画しておいてよかった。明日みよう。

 

 

 

 

三日目の蛸 - 2021年1月14日の日記

 

 

 

 

タコ描いた。


f:id:tobirano:20210114191005j:image

 

 

「趣向を変えて色鉛筆でやってみるか」と軽い気持ちで描き始めたら全然終わりが見えず、3日かけてやっと完成……。

いや完成というか、コレが完成品です!!と自信を持って言えるほどではないけれども、まあええかなと思うところで終わりにした。

青く透けて見える血管を一部めっちゃムキムキに描いてしまったことが心残りだけど、修正する方が大変なので諦めた。とにかく一仕事終えた感がある。15〜20時間ぐらい掛かったのかな。つかれたー。

 

今までのクレヨン画は全部一発書きで進めていたけど、それだとバランス悪くなることに今更気づいて、今回は入念に下書きしてから描いた。おかげで全体のバランスはマシになったと思うけどあなたはどうですか。

 

ちなみにWikipediaのタコを見ながら描きました。

 

 

ja.wikipedia.org

 

タコを描いて気づいたことは、タコってなんとなくクニャクニャだと思ってたけどよく見るとめっちゃ筋(すじ)があって、骨はないのに骨格がある感じに見える。凧が「タコ」と名付けられたことに合点がいった。あと全然赤くない。


f:id:tobirano:20210114201141j:image

 

昨日1分で描いたタコ、今見ると全くタコじゃないな。

 

 

 

最近、「<僕/君>または<あなた/わたし>が登場するラブソングを、できる限りすべてBLまたは百合と捉えて聴く」という実験をしている。(できる限りすべて、と書いたのは、歌によっては「嫁入り前」とか「ウエディングドレス」とかいう言葉で性別が固定される場合があるから)

男と女の関係にはどうしても社会の刷り込みや異性愛者である自分の体験を重ねてしまうけれど、同性愛のことは何も知らないしイメージも湧かないから、まっ白なキャンバスの上に歌われている情報だけを頼りにした「あなた」と「わたし」、あるいは「僕」と「君」の鮮明なラブが描かれていく。男と女だと思って聴いていた歌でも、こうして聴くと全然違う景色が見えて面白い。

 

ただ、この遊び、もとい実験が、同性愛者に「詩的な」恋愛を強制したりそういう眼差しを向けることに繋がってしまうのは絶対に避けたい。私は異性愛者ながら異性愛(を基盤とした社会)にちょっと嫌気が差してこんな実験をしているけど、決して同性愛を神聖化したいのではない。同性愛には同性愛のイヤなところが絶対あるだろうし…。私はただ社会の苦手な臭いが染み付いた異性愛から離れて、違う視点でラブソングを眺めたら楽しいかも、と思っただけで、同性愛ならではの視点に立っているつもりはない。同性愛でなくとも不性愛とか非性愛とかがあればそれでもいい。

異性愛者を前提とした歌が圧倒的に多い世の中でわざわざ同性愛に置き換えて聴こうとすること自体に多数派の特権的な姿勢が現れている、と言うこともできるかもしれませんが。

 

 

 

今日の日記はだいたい1300文字くらい。昨日は2000文字以上書いた気がする。毎日平均して1000文字強くらい書いてるかな。

1週間ほど前、がんばっても500〜600文字くらいしか書けなくなったときは頭の中で文章を造る工場が停まってしまったのかと不安になったが、その時はただ脳が便秘なだけだったようだ。今日は快便。

 

 

 

怖すぎてお腹痛い - 2021年1月13日の日記

 

 

 

吐くまでポテチを食べるほどポテチが大好きな人の日記を読んで、どうしてもポテチが食べたくなったので、作った。

 

 

f:id:tobirano:20210113145453j:image

 

ジュワァァ………

 


f:id:tobirano:20210113194200j:image

 

カリッ!!!

 

 

市販のポテチとはずいぶん違うけど、これはこれでいい感じ。

はじめの方は油の温度が高すぎて全体が揚がりきらず、中央がカリカリではなくホクホクになったりした。でも塩を振ったら普通にイケた!温めたポテトに塩かけたら何でも美味いね。

 

美味しいポテチのつくれぽが「吐く」から始まるのはあんま良くない。

 

 

 

今日は『へレディタリー/継承』をNetflixで鑑賞(3回目)。

 

※確実にネタバレをします!!

 

 

今も怖い。怖すぎてちょっとお腹痛くなっちゃった。

これに「継承」ってタイトル付けるのエグすぎる。

 

初めて観たのは半年くらい前、TSUTAYAで借りて友人宅で鑑賞会をした。そのときはあまりの怖さに夜眠れなくなり、それでもめちゃくちゃ傑作だったな…と思い返して翌朝自宅で震えながら2回目観たのだった。そんな無理しなくてもよかったのに。

映画館では観ていないんだけど、もし1回目を映画館で観てたら本当に泣いてただろうな…。

 

批評についてはライムスター宇多丸が全部言ってくれてるので、私は宇多丸さんが言及していない部分の感想を書こうと思う。

 

www.tbsradio.jp

 

 

この作品では最初からずっと、家族全員(チャーリーを除く)が家庭の問題に正面から向き合おうとしない嫌さが描かれている。ホラー映画と銘打ってはあるが、ホラー要素よりも家庭の不和に重きを置いて観るものだと思う。

 

問題から目を逸らし続ける様子はチャーリーの首が飛んだ後のピーターの行動(作中で一番恐ろしいシーン)に顕著だが、私はピーターやアニーよりもスティーブが嫌だった。

祖母エレンの葬式の後、「母親が死んだのに悲しくない」とアニーが訴えてもスティーブは「いつか悲しくなる」とその場しのぎの返答。アニー同様ピーターも祖母の死を悲しむことができないが、それについても「わかるよ」と"スマートな"対応をとる。チャーリーの死後明らかに弱っていくピーターに大学の進路選択がどうのこうのと話しかけたり(個人的にかなり胸に突き刺さるシーンだった)、あの悪夢のような食卓シーンでも、妻と息子が壮絶な言い争いをするのに対してスティーブはとにかく場を収めることを第一に優先する。

物分かりのいい穏やかな夫/父のようでもあるが、穏やかに見えるのは彼が家族に向き合っていないだけ。冒頭でも触れたがこの家族は全員が家族に真剣に向き合おうとせず、その些細な綻びが徐々に拡がっていき物語は最悪の結末へと収束していく。ここでの「家族全員」には当然、スティーブも含まれる。例えるなら「普段はそれなりに仲のいい家族と、ある日たまたま喧嘩して別れてしまい、ちょうどその日に家族が亡くなってしまった」ときの後味の悪さ・やるせなさを1000万倍に濃縮したものがスティーブの人生。これはあまりいい例えではない気がする……

 

ティーブ(およびグラハム一家)は"悪い人ではない"。鼻をぶつけたピーターを自宅へ送る途中、スティーブが一人顔をしかめて泣くシーンがあるが、あの涙には本作の嫌さ、救われなさが凝縮されている。彼らは血も涙もある人間であり、本気で向き合っていないとはいえ彼らなりに家族を大事に思って生きている(はず…)なのだ。

そうやって形作ってきた家族が、「継承」という呪いにまるで導かれるように、初めから決められていた運命のように崩壊していく。

 

本作のタイトル「継承」は祖母エレンのペイモン復活の遺志を指すとされているが、それだけではないと私は思う。アニーは夢の中(?)でピーターに向かって言ってはいけないことを言う(「あなたなんて産みたくなかった」)。続けて「あなたを愛している」と言い直すように、決してピーターが憎くて言っている訳ではない。矛先は自分に向いているのだ。すなわちアニーは子どもを愛することができない、立派な親になれないという呪いを母から−−母とは違った形で−−継承したのである。 そしてその呪いはアニーからピーターへとさらに継承されていく(はずだった)。

 

 

 

この作品はメタメタ構造になっている。一層目のメタ構造は、ペイモン王復活を祝うツリーハウス内の様子がミニチュア模型で表される衝撃のラストシーンからわかるように、この家族の悲劇がアニーのミニチュア模型のごとく外部(教団)に定められたシナリオを進むものだった、というもの。二層目は、この映画自体がアリ・アスター監督の「ミニチュア模型」であるというものだ。

アニーがミニチュア模型でエレンの終末医療を再現したり、エレンの死後グループセラピーを訪れて両親や兄の死を(嗚咽しながら)思い起こすのとまさに同じことを、監督はこの映画で実践しているのではないか。仮にそうだとすると、この作品に「継承」と名付けることの意味は。アニーがピーターに"I AM YOUR MOTHER!!"と絶叫する意味は………。

 

宇多丸の映画評を引用するとこの映画は「世界を本当にちゃんと呪ってる人のホラー映画」である。それゆえ鑑賞後の気分はずっしりと、重い。にも関わらず、アニーのミニチュアさながらの極めて精巧な脚本・演出のおかげで何度も観直したくなる、傑作だ。

 

 

 

 

今から寝るの怖え〜。目を閉じるとジョーンの姿が見える気がして…。どうか悪夢を見ませんように。

 

 

根拠を求めるな - 2021年1月12日の日記

 

 

 

友人とドライブに出かけることになったけど、友人に車を運転させたら発進後2秒で他の車にぶつけてしまった。「危ないからもう運転するな」と言って運転を交代すると、繊細な友人は言葉に出さないものの(自分はダメ人間だ………)とすごく落ち込んでしまう。

という夢を見た。

 

車で事故る悪夢はよく見るけど、友人が落ち込んでしまう方がつらかった…。彼/彼女をそこまで落ち込ませたくはないんだけど、かと言ってそのまま彼に運転させたら大事故になるのは目に見えていたから、その場では運転を代わる他なかった。事故ったことについても「大丈夫大丈夫」とは言えないし。

車の運転ができなくて落ち込んでいる人に「できるまでやってみよう」と声をかけることはできない。失敗したときの代償が大きすぎる。だから「運転ができないことと、あなたがダメ人間かどうかは全く関係ありません。それは認知の歪みですよ」と伝えるしかないんだけど、そんなこと言って響くわけもなく。

 

運転ミスで事故を起こして怒られが発生するのは仕方ない。でも、その先の人生を彼が自分の足で歩んでいくためには、どうにかして「運転ができなくても、自分はすばらしい人間だ」と思ってもらうしかない。それはピラミッドの謎を解明するより難しい。

 

「何もできなくても自分はすばらしい(何かができたところで、人間はみんなクソだ)」と思わなければ、究極的には誰も生きていけない。それなのに………それなのに私は今もずるずると「自分は読み書きができるし、歌も歌えるし、料理もできるし、笑顔で挨拶ができる、それゆえすばらしい」と思ってしまっているフシがある。自分の存在に制約を課している。

そんな人間が「運転できなくてもあなたはすばらしい」と口にしたところで、価値観の押し付けにしかならない。テレビばかり観ている親が、子どもに勉強しろと言うのと同じ。人を励ます前にまず、傲慢で役立たずで無力な自分自身に誇りを持たなくてはいけない。自分が自分であることに根拠を求めてはいけない。

 

…こんなの極論だと自分でも思うけれど、そう思うのはわたしが無自覚に「根を張って」生きている証左でもある。ここまで考えてしまうのは、コミュニケーションにおいて相手を落ち込ませるのが心底怖いからだ。この世で最も恐ろしいのは人間の自尊心(self-esteem)が傷つくこと。それは死に至る病

誰にも落ち込んでほしくない。

 

 

 

散歩中、YUKIの『集まろう for tomorrow』という曲をふと思い出す。

 

open.spotify.com

 

セサミストリートみたいな曲。これリリースされたの10年前なのか………。

 

集まろう for tomorrow 話をして 目を見て笑おう 歩こう 混ざろう

手をつないだら帰ろう 場所なんて どこでもいいから

帰ろう 探そう

集まろう for tomorrow

 

子どものような生命力と愛に溢れた素敵な歌で、久しぶりに聴いたらあまりの力強さになんだか泣きそうになってしまった。

 

YUKIがどういう気持ちで歌詞を書いたのかは分からないけど、わたしは他人に向かってこんなふうに言えない。どんなに愛を伝えたところで響かなかったり、より一層心を閉ざしてしまう人もいて、自分はどうしてもそっち側に寄り添ってしまうから。それでもお構いなしに愛で殴り込んでいく、YUKIは愛の人だなと思う。

 

たぶん、わたしの知らない、思いもよらないところで壁は破ることができる。そうやって感知できない部分に侵食されたとき「訳もなく涙が出る」のだ。

 

 

 

今日も絵を描いたんだけど、あまりに細かい描き込みを想定しすぎてゴールが見えなくなっちゃったので今日のはブログに掲載できない。

 

代わりに1分で描いたやつを載せとこう。


f:id:tobirano:20210112211542j:image

 

タコの記号。

 

最初にタコの胴体に目と口を描いた人、頭おかしい。

 

 

イヌタヌ、モルカー - 2021年1月11日の日記

 

 

 

午前中に絵を描いた。


f:id:tobirano:20210111213225j:image

 

犬を描いたつもりが、シワシワのタヌキになってしまった。バランスわかんね〜〜。

 

こうあからさまにシワシワのタヌキだとさすがにショ(´・ω・`)ボーンとしちゃうな。どうせ自分で見て満足するだけだから下手っぴでもいいやという気持ちもあるけど、やっぱり思うように描ける方が楽しいに決まってる。上手になりたい。

犬の顔ばかり描いてるけど、顔ってちょっとでもバランスが崩れるとおかしな印象になってしまうから難しい。毛も生えてるし。リンゴとか消しゴムとか、もっと単純なものから描いたほうがいいのかなあ。それは単にヘタクソをごまかしてるだけか…。

絵が上手い人はすごいな〜。上手い人って、初めは何から描いてたんだろう?

 

 

絵が上手い人「とにかくいっぱい描きまくって、気づいたら上手くなってました!」

 

 

なるほどね。

 

 

 

 

モルカーを観た。

 

youtu.be

 

(第1話のYouTube無料配信期間は数時間前に終わってしまいました)

 

 

最ッッ高すぎる。私、モルカーに出会うために生まれてきたんだわ。

 

初っ端からワケわからない世界観が良い。モルモットが車になった世界って何?!ヒプノシスマイクH歴に通ずるところがある。何でもヒプノシスマイクに繋げてしまってすみません。

ストップモーションのヨチヨチ感とモルカーの表情がマッチしてずっとかわいい。フェルトのストップモーションって初めて見た。


f:id:tobirano:20210112002132j:image

 

パトモルカーが黄色なの良いね。

 

 

 

モノクロの世界 - 2021年1月10日の日記

 

 

 

 

 

 

昨日まで絵を描いてみて、100均のクレヨンだと暗い部分の色合いを出すのが難しいなと思った。もちろん技術が上がれば表現の幅も広がるだろうけど、そもそもクレヨンという画材が彩度の調整に不向きなのかもしれない。

 

そこで今日は、彩度軸がないモノクロの世界に飛びこんで、明度だけを頼りに描きました。

 

 

f:id:tobirano:20210110231654j:image

 

また犬!パッと見でどういう状況なのか伝わるのかな。

 

うーん、私にはモノクロの方がリアルに見える。

 

今まで絵を描いててどこかしっくりこなかったのは、彩度がオールMAXだったからかも。モノクロで彩度がない(明度≒彩度に変換できる ?)絵の方が「ありのまま」に見えるのは、おそらく今までの絵が現実離れした彩度で描かれていたからだ。赤色のクレヨンでどれだけ細かな濃淡をつけても、赤色の明度が変わるだけで彩度は変わらない。たぶん…

 

あ〜〜、明度や彩度、色合いについて考えたことはいっぱいあるんだけど、色のことって言葉にするのが難しい。色を感じる場所と言語を司る場所が脳内の離れたところにあるのかな。

 

 

いやあ、絵を描き始めてまだ5日目なのに既にいろんな発見があるの超すごい。新しいことにチャレンジするのって超楽しい。

今の状況、「鬱が前向きになる方法」のテンプレみたいでちょっと笑える。

 

 

 

なんか今日は思考回路が狭くて書くことが思いつかない。うー。

眠いのかなあ。昼前に目覚めたときも泥沼に引きずり込まれるように眠かったし。早く寝るとするか。