トビラノのブログ

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怖すぎてお腹痛い - 2021年1月13日の日記

 

 

 

吐くまでポテチを食べるほどポテチが大好きな人の日記を読んで、どうしてもポテチが食べたくなったので、作った。

 

 

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ジュワァァ………

 


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カリッ!!!

 

 

市販のポテチとはずいぶん違うけど、これはこれでいい感じ。

はじめの方は油の温度が高すぎて全体が揚がりきらず、中央がカリカリではなくホクホクになったりした。でも塩を振ったら普通にイケた!温めたポテトに塩かけたら何でも美味いね。

 

美味しいポテチのつくれぽが「吐く」から始まるのはあんま良くない。

 

 

 

今日は『へレディタリー/継承』をNetflixで鑑賞(3回目)。

 

※確実にネタバレをします!!

 

 

今も怖い。怖すぎてちょっとお腹痛くなっちゃった。

これに「継承」ってタイトル付けるのエグすぎる。

 

初めて観たのは半年くらい前、TSUTAYAで借りて友人宅で鑑賞会をした。そのときはあまりの怖さに夜眠れなくなり、それでもめちゃくちゃ傑作だったな…と思い返して翌朝自宅で震えながら2回目観たのだった。そんな無理しなくてもよかったのに。

映画館では観ていないんだけど、もし1回目を映画館で観てたら本当に泣いてただろうな…。

 

批評についてはライムスター宇多丸が全部言ってくれてるので、私は宇多丸さんが言及していない部分の感想を書こうと思う。

 

www.tbsradio.jp

 

 

この作品では最初からずっと、家族全員(チャーリーを除く)が家庭の問題に正面から向き合おうとしない嫌さが描かれている。ホラー映画と銘打ってはあるが、ホラー要素よりも家庭の不和に重きを置いて観るものだと思う。

 

問題から目を逸らし続ける様子はチャーリーの首が飛んだ後のピーターの行動(作中で一番恐ろしいシーン)に顕著だが、私はピーターやアニーよりもスティーブが嫌だった。

祖母エレンの葬式の後、「母親が死んだのに悲しくない」とアニーが訴えてもスティーブは「いつか悲しくなる」とその場しのぎの返答。アニー同様ピーターも祖母の死を悲しむことができないが、それについても「わかるよ」と"スマートな"対応をとる。チャーリーの死後明らかに弱っていくピーターに大学の進路選択がどうのこうのと話しかけたり(個人的にかなり胸に突き刺さるシーンだった)、あの悪夢のような食卓シーンでも、妻と息子が壮絶な言い争いをするのに対してスティーブはとにかく場を収めることを第一に優先する。

物分かりのいい穏やかな夫/父のようでもあるが、穏やかに見えるのは彼が家族に向き合っていないだけ。冒頭でも触れたがこの家族は全員が家族に真剣に向き合おうとせず、その些細な綻びが徐々に拡がっていき物語は最悪の結末へと収束していく。ここでの「家族全員」には当然、スティーブも含まれる。例えるなら「普段はそれなりに仲のいい家族と、ある日たまたま喧嘩して別れてしまい、ちょうどその日に家族が亡くなってしまった」ときの後味の悪さ・やるせなさを1000万倍に濃縮したものがスティーブの人生。これはあまりいい例えではない気がする……

 

ティーブ(およびグラハム一家)は"悪い人ではない"。鼻をぶつけたピーターを自宅へ送る途中、スティーブが一人顔をしかめて泣くシーンがあるが、あの涙には本作の嫌さ、救われなさが凝縮されている。彼らは血も涙もある人間であり、本気で向き合っていないとはいえ彼らなりに家族を大事に思って生きている(はず…)なのだ。

そうやって形作ってきた家族が、「継承」という呪いにまるで導かれるように、初めから決められていた運命のように崩壊していく。

 

本作のタイトル「継承」は祖母エレンのペイモン復活の遺志を指すとされているが、それだけではないと私は思う。アニーは夢の中(?)でピーターに向かって言ってはいけないことを言う(「あなたなんて産みたくなかった」)。続けて「あなたを愛している」と言い直すように、決してピーターが憎くて言っている訳ではない。矛先は自分に向いているのだ。すなわちアニーは子どもを愛することができない、立派な親になれないという呪いを母から−−母とは違った形で−−継承したのである。 そしてその呪いはアニーからピーターへとさらに継承されていく(はずだった)。

 

 

 

この作品はメタメタ構造になっている。一層目のメタ構造は、ペイモン王復活を祝うツリーハウス内の様子がミニチュア模型で表される衝撃のラストシーンからわかるように、この家族の悲劇がアニーのミニチュア模型のごとく外部(教団)に定められたシナリオを進むものだった、というもの。二層目は、この映画自体がアリ・アスター監督の「ミニチュア模型」であるというものだ。

アニーがミニチュア模型でエレンの終末医療を再現したり、エレンの死後グループセラピーを訪れて両親や兄の死を(嗚咽しながら)思い起こすのとまさに同じことを、監督はこの映画で実践しているのではないか。仮にそうだとすると、この作品に「継承」と名付けることの意味は。アニーがピーターに"I AM YOUR MOTHER!!"と絶叫する意味は………。

 

宇多丸の映画評を引用するとこの映画は「世界を本当にちゃんと呪ってる人のホラー映画」である。それゆえ鑑賞後の気分はずっしりと、重い。にも関わらず、アニーのミニチュアさながらの極めて精巧な脚本・演出のおかげで何度も観直したくなる、傑作だ。

 

 

 

 

今から寝るの怖え〜。目を閉じるとジョーンの姿が見える気がして…。どうか悪夢を見ませんように。