トビラノのブログ

日記を書いています

お肉コーナーの歌 - 2021年1月23日の日記

 

 

 

おはようございます。もう昼か。

 

 

昨晩、お風呂でハンターハンター読んでたら湯船が冷たくなるまで没頭してしまった。ようやくキメラアント編が終わりました。号泣……… ネフェルピトー、クラピカに次ぐ好きキャラだ。

 

そこから日記を書く気力がなかったので書かずに寝ちゃった。

 

 

 

昨日は朝から絵を描いてた。

 

絵を描くたび、これホントに自分が描いたのか?と思う。いや本気でそう思ってるわけじゃないけど、なんか絵を描いているときの自分がうまく知覚できなくて、進んでいく絵を外から眺めている感じがする。

絵に時間を費やした実感がないので、1日がすごく短い。描いてるときは"現在"に集中してる、その証拠だろう。

「時間は悔恨から生まれる」と岸田秀が言っていたな。

 

絵を描いてるとき、無意識のうちに2小節くらいの短いフレーズをくり返しくり返し歌っていることが多い。スーパーのお肉コーナーで流れてる曲とか。

黙ってたら余計なこと考えちゃうし、喋ったり歌ったりするのも描く作業の邪魔になるから、必要最小限の仕事量で脳内メモリを埋めてるんだとおもう。仕事量とかメモリとかの意味はよく知らない。

 

ビンに小石を入れたら後から大岩が入らなくなるから先に大岩を入れましょうみたいな例え話があるけど(何の例えだったっけ?)、あれの逆で、

ビンの容量を脳の処理能力だとすると、スーパーの曲の1フレーズを歌い続けること=小石を入れておくことで、「今日の晩ごはん何にしようかな〜あの人にLINEしたけど返事ないな〜LINEの緑色の色調ちょっと変わったけどあれ何色って言うんだろ、薄緑とか言うのかな〜学童保育の教室に置いてあったお絵かきペン、薄緑色のペンに「ふかみどり」って書いてあったから長いこと薄緑色の名前が深緑色なんだと思ってたけど絶対違うし意味分かんないな〜ダンドリくんのガールフレンドに水野ミナヨの妹の水野ミドリちゃんって子がいたけど水飲み鳥ってどうぶつの森の家具でしか見たことないな〜」………とか考えちゃう=大岩が入る余地をなくして絵に集中できるようになる。

 

いや違うな。

脳の、絵を描くときに働く部分と言語で考えるときに働く部分は全然違って、どっちかに集中するとどっちかの動きが止まってしまうから、絵の方を動かすために言語野のシャッターを降ろして絵を描こうとするんだけど、言語野は意図的に停止させるとストレスになってしまうからあえてシャッターのすき間をあけてるんだ。そして、そこから漏れ出てくるのがスーパーのお肉コーナーの歌なんだ。

感覚はこっちの方が近い。

 

youtu.be

 

こんなMV(?)があったんだ。なんで坊主?

 

 

 

またヒプマイの話ばっかりしちゃお。

 

次のバトルの開幕トレーラーが公開された。

 

 

 

カッコよすぎて笑ってしまいました。音楽カッケー!!

ライブ会場のデカいスクリーンでこれ流したらめちゃくちゃテンション上がるだろうな。ていうか本来はそのための映像だったんだろう。ライブ中止になっちゃったけど。

 

 

声優のライブって何が起こってるのか分からない。2.5次元舞台なら素直にキャラクターを演じていると思って見られるし、逆に声優が出てくるイベント、公開アフレコみたいなやつでも、声だけなら「音の世界」という別次元にキャラクターを置くこともできるはずなんだけど、声優のライブって、声は本物(そりゃそう)だしキャラクターの衣装着たりして視覚的に演じてもいるのに、なぜかそこには声優本人のキャラクターも共存している。

逃げ恥の平匡さんを、平匡さんだ〜と思いながら星野源だ〜と言っているような矛盾。本編とアフタートークが同時に再生されているような、本来は星野源本人しか経験し得ない現象が起こっている。

 

そうだ、本人にしか起こり得ないこと……逆に言えば、本人であれば起こり得ることだ。声優のライブを見る人は、声優と自分をほぼ同一視している、声優から非常〜に近いところに自分が立っていると感じているんじゃないか?だとしたらなんか納得できる気もする。

 

声優のライブに行ったことある人、周りにいないかな。いたら聞いてみよっ。