トビラノのブログ

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やりたくな死 - 2021年3月4日の日記

 



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対峙。

 

 

夕食後、犬が静かに寝ているわずかな隙を狙ってちょっとだけ絵を進めた。

一日の中で絵に向き合える時間が30分〜多くて1時間ぐらいなので、どうしても短い時間で効率よく完成に近づけようという意識が働いてしまう。おかげで自分の絵を描くスピードがゆったりしてるのが嫌になってきた。楽しむために描いてるはずなのに。嫌になりながら絵を描きたくない〜。あ゛〜〜〜!!!

こういうときは大抵睡眠が足りてないんだ。今日は早く寝よう。

 

前にも似たようなこと日記に書いたかもしれないけど、こういうの絶対犬のせいにはしたくない(し、実際していない)。一日の大半の時間を犬の世話に費やしているのは事実だけれども、それは嫌々とか仕方ないからみたいな心持ちでは全くなくて、全部私が犬に快適に過ごしてほしいと思ってやってることだから。

極論、本当に絵を描く時間が欲しくて犬の世話をしたくなければ、世話を家族に全投げすることも吠え騒ぐ犬をネグレクトし続けることも可能だと本気で思っている。だからこそ他の人(犬)のせいだと思う気持ちは微塵もない。

 

私はやりたくないことをやらないスキルだけは人一倍高いと自負している。というかやりたくないことをやることに対するストレスが半端じゃなく、冗談抜きで「やりたくな死」してしまうと肌で感じるので、周りに合わせてやりたくないことをやって「やりたくな死」するより周りから甘ちゃんだと言われても生きるためにやりたいことをやる。

これは神様に聞いたこの世の真実ですが、やりたくないことをやってる時って死んでる状態と全く同じらしいです。三島由紀夫も『命売ります』でそう言ってます。

 

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

 

 

実家にいるからこんな考え方ができるのかなと思うこともある。今この瞬間に家が全壊して親族が全員いなくなる可能性だって100%ないわけじゃない。でももしそうなったとしてもきっと大丈夫。今のバイト先にバイト代だけで生計を立ててる先輩がいて、心から尊敬している人なんだけど、その先輩がこないだ「やりたいことをやって生きていることに感動した」と言ってたから、もし一人暮らししないといけない状況になったら先輩のマネをすればいい。

 

 

歩きながら考え事をしていてふと、自分というものは外界のあらゆる出来事の周りをふよふよ浮かんで漂う霧みたいなものだ、と思った。自分なんてのは、この人と話したりあの人と遊んだり……といろいろ行動するのに合わせてケースバイケースで現れる現象に過ぎない。ほとんど存在しないと言っていいかもしれない。

岸田秀も『一神教vs多神教』の中で、自我は弱ければ弱いほどいいと言っている。

 

一神教 VS 多神教 (朝日文庫)

一神教 VS 多神教 (朝日文庫)

  • 作者:岸田秀
  • 発売日: 2013/06/07
  • メディア: 文庫
 

 

 

面白いと思った本の中に自分と同じ考えが書かれていると嬉しいね。

 

 

最近本読んでないな。読みたい本が積み上がっていて新しい本にも手が出せないでいる。

空いてる時間をなるべく絵に宛てるようにしてたけど、読書の時間もとるようにしよう。犬の隣で寝ながらだったら本読めるし。

 

あ、でもプリパラも見たいし、エヴァ新劇も見直したいんだった!

 

やりたいこと多すぎる!!