トビラノのブログ

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BGMは『傘がない』 - 2021年3月5日の日記

 

 

 

あ!

 

何がトリガーになったのか分からないけど数日前からなんとなく調子が落ちそうな予感がしていて、今日ついに調子を崩した。調子というのはメンタルの調子のことです。

家でだらだらしてるだけなのにありえない勢いで脈拍が上がっている。

 

友達と遊ぶ予定をいくつか立てはじめたからかもしれない。そういえば、と思って少し前の日記を見返したら同じように遊びの予定を立てたことがトリガーとなって抑鬱入った記録があった。

遊びに行ったらめっちゃ楽しく過ごせるの分かってるのになんでこうなるんだ。

 

もしかしたら遊びの予定プラス、犬の介護疲れもあるのかも。

犬にヘイトを向けてるわけじゃなく単純に介護による睡眠不足がカラダに響いてて、それがココロの不調を引き起こしてる可能性は十分ある。家族と相談して無理のない介護シフトを組んだ方がいいかもしれない。

 

 

文章書いてたらちょっと収まってきた。

 

 

私は大学3年生の夏ごろ本格的に鬱を発症した。その時はかなり大変だった。そこから2年半経ち、完治とまではいかないけどかなり付き合えるようになってきた感じがする。特にこの数ヶ月でめっちゃマシになった。

学んだこととして、鬱入ってるときにあれやこれや考えてることって鬱抜けてるときの自分からしてみれば本当に大したことなかったりする。今現在ぐるぐる考えてセルフで気分悪くなってることも、寝て起きたらどうってことなくなってるだろうなという気がする。わかんないけど。

鬱の気(け)があるよ〜って自分で言えるようになったのも良かった。鬱のときは自分の調子の悪さをひた隠そうとして余計にシンドくなってたから。

 

ちょっと前にTwitterで流行った鬱のマンガでは、鬱をキャラクター化して自分と切り離して考えることで鬱を乗り越えた体験(を元にした創作)が描かれていた。それも時と場合によっては有用だと思うけど、それ以外の道が一切ないように読めてしまうところには違和感があって、読んでてウッ……と苦しくなった。

鬱はただの病気ではなく、日々を生きる中で少しずつ少しずつ毒が溜まっていくものだ。その毒というのは自分一人の性格や周りの人との関わりだけじゃなくてもっと巨大な、社会の構造から発生しているガスのようなもの。私たちは毎日毒ガスを吸って生きている。都会では自殺する若者が増えている。

そこで鬱を克服しようとすると多かれ少なかれ社会における生き方改革、つまりハードの修理・交換に目を向けることになると思っているんだけど、あの鬱マンガではソフトのアップデートだけで全てうまくいくみたいに描かれていたので、これは毒ガスの発生源の一つである自己責任論的価値観を助長することになりかねないぞ、オヨヨ……と思ったのだった。

 

 

 

鬱について書いてたら鬱がめっちゃマシになってきた。日記書くのが初めて役に立ったぞ!!これから鬱っぽくなってきたら日記書けばいいんだ。

 

この勢いで今日したことを書こう。

 

今日は朝いつもより早起きして、

韓国語レッスンのPodcast聴きながら絵をすこし描き、

昼すぎに犬と散歩に行き、雨降ってきたけど傘がないので途中で雨宿りして、

帰ってからエヴァ破をみて、

夕飯にブリの塩焼きとミネストローネを作った。

 

えらい!!!!!