トビラノのブログ

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混乱の記録(シンエヴァ感想) - 2021年3月15日の日記

 

 

 

15日の日記と言いつつ気づけば16日の夕方になってしまい、もはや何を書こうとしているのか分からないが、いちおう今日は3月15日だと思いこんで日記のようなものを書きます。

 

 

昨日(14日)の夜、アメリカで起こったアジア人やアジア系アメリカ人へのヘイトクライムのニュースを見て、すごくショックを受けた。その影響で自身もヘイトクライムの被害に遭う夢を見た。アメリカのレストランに一人で入ったら隣のアメリカ人客が「日本人は汚い服を着てるな」「日本人は貧乏だ」とか言いながら絡んできて訳わからないまま殴られ、恫喝されたりした。

 

ニュースにショックを受けたのと同時に、今まで人種差別を完全に自分事として捉えていなかったことにはっと気づく。日本人が集団リンチの被害に遭ったことを知って初めて底知れぬ恐怖に震えた。

差別は絶対に許せない、ひどいものだと思っているつもりだったが、BLMが取り沙汰されているとき心のどこかで対岸の火事だと思っている自分がいたのだ。

 

世界には黒人差別もアジア人差別もあり、黒人がアジア人を差別することだってある。今回知った事件の加害者は黒人の若者だった。自分は全然認識が足りてなかったのだと痛感した。

 

 

 

シンエヴァを見た………。

 

※ネタバレ感想あります

 

 

 

 

 

 

 

時間が長すぎる!本編だけで2時間50分あったらしい。上映前の予告とかも含めると3時間以上もスクリーンに縛られっぱなしだったわけである。激烈にチカチカする映像を血眼で見続けてさすがに頭が痛くなってしまった。

映画館でこんなに長い作品を見たのは中学生くらいのときに父に連れられて見たクラウド・アトラス以来だ。たしか初めてコンタクトを着けて外出した日だった。慣れない視界で難解な映画を長いこと見て、そのときも頭が痛くなったんだった。

 

 

鑑賞後、一緒にエヴァをみた友人らとタリーズに行って2時間ほど謎解き&答え合わせをした。意味わかんないことが多すぎた。

帰ってからもnoteの解説記事や庵野秀明の数少ないインタビューを読んだりぼーっと考えたりしたんだけど、シンエヴァおよびシンエヴァによって再定義される過去のエヴァシリーズが自分のものになるにはまだかなり時間が掛かりそうだとおもった。

 

私が引っかかったのはアディショナルインパクト開始後のマイナス宇宙で各キャラの総決算=補完がなされる中、カヲル君も補完の対象になっていたこと。

カヲル君「シンジ君の幸せを願うのは結局のところ僕自身のためだった」(≒シンジ君に依存していた)みたいなことを言ってたのがめちゃくちゃ衝撃だった。CV:石田彰の破壊力も相まってカヲル君はアガペー(無償の愛)の人なんだと私は勝手に思っていたけど、そんなことなかったのか……。無償の愛の犠牲になることを厭わなかったのは母親・碇ユイだけか。

エヴァという作品への信頼の大部分がカヲル君のスタンスに依拠していたかもしれないことに気づく。

というかこれまでのエヴァシリーズで敢えて描かれなかった細かい部分を私がそうあってほしいように都合解釈していた(からこそ自分なりに楽しめていた)ところに、シンエヴァで公式に「補完」されてしまったおかげで、過去作についても「なーんだそんなことか」と思ってしまうようになった。カヲル君とかカヲル君とか………あとゲンドウも。

もっと遠い世界に連れて行ってくれると勝手に期待していた。

 

大ボス・碇ゲンドウと白ボス(だと思っていた)渚カヲルの独白を経て、改めてエヴァシリーズのことを考えると、なんだかしょーもない物語だったようにと思えてしまう。

これは、個人が抱える実存に関する悩みは悩んでいる本人にとっては世界の存亡に関わる大きな問題でも、他人あるいは苦しみを克服した者の目線で振り返ってみればどれもちっぽけでしょーもないものである、ということの裏返しでもある……とおもう。(実存という単語を雰囲気で使っています)

 

私はゲンドウにはなんとなくユイに会いたいだけの理屈の通らない破壊神でいてほしかったしカヲル君にはどこまでも博愛を貫いてほしかった(ピングドラム桃香と眞悧のように)。しかし実際には人類を巻き込んでまでユイに拘っていたゲンドウは胸中を明かしてなんかいい感じになっちゃったし、カヲル君が物語に別の方向性を与えてくれる可能性もなくなってしまった。異性愛ベースの物語の中で意味ありげに同性愛的なキャラクターが博愛を示唆してるのかと思ってたけど普通にレイとくっついちゃったし。

 

 

でもやっぱわからない……………。

昨日の今日だから混乱しているかもしれない、後で見たらやっぱおもしれーなーと思うのかもしれないが、とりあえず今はこういうことを考えていたよと記録は残しておきたい。

 

あまりにまとまらなすぎて16日の17時になっちゃったし、まだまとまらないこと沢山あるので、一旦ここで終わっておく。