トビラノのブログ

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ぬいぐるみ殺人 - 2021年4月9日の日記

 

こないだ、数千円ほど課金していたあんスタMusicをアンインストールして、今日はヒプマイARBと他に入れてたパズルゲームみたいなのを全部アンインストールした。絵描いたり本読んだりするのがどんどん楽しくなってきて、逆に今までスマホゲームに費やした時間のことを考えると嫌になってきたので。

何十時間もやり込んだゲームが灰燼に帰すとも躊躇しない、それがワタシ!!!

Twitterアカウント削除したときも、今まで楽しんでやってたことが急にどうでもよくなって(というか、嫌になって)やめた、という全く同じ現象が起きていた。

 

他にも、幼少期からめっっちゃ大事にしてきたぬいぐるみ30体以上をある日まとめて全部捨てたりしたことがある。

 

ぬいぐるみの件は振り返ると、大事にしていたぬいぐるみたちとの距離が歳を重ねるごとに広がっていくことの罪悪感、重圧に耐え切れなかったんじゃないかと思う。あるいはぬいぐるみを見境なしに買ったり貰ってきたりする過去の自分と決別したかったのか。

保育所の頃からお気に入りだったウサギのぬいぐるみ2体(「りかんちゃん」と「ちぃ」という名前だった)、あれだけはせめて残しておいたらどうかと母親が提案してくれたけど、当時のわたしは全然聞く耳を持たず、そこまで思い入れのないサルのぬいぐるみとかと一緒にまとめてゴミ袋に詰め込んだ。

 

いや……当時のわたしは、と反省気味に書いたけど、今あの瞬間に戻れたとしても同じ判断をすると思う。りかんちゃんとちぃを捨てたことは今でも後悔していない。りかんちゃんとちぃのことが嫌いになったり関心がなくなったりしたのではなく、むしろその真反対で、りかんちゃんとちぃがぬいぐるみという空間的広がりをもった物体として存在することで私とりかんちゃん、ちぃとの深い心の繋がりが保てなくなることを危惧したのだ。りかんちゃんとちぃ、その他のぬいぐるみたちをぬいぐるみである以上に大事にしていたからこそ、「ぬいぐるみとしての」彼らを棄てたかった………のかもしれない。これ「愛する人を殺して永遠に自分のものにする」と同じ理屈だと指摘されても言い逃れできないな。

 

ちなみに、りかんちゃんのイントネーションは「蜜柑ちゃん」ではなく、「罹患ちゃん」。