トビラノのブログ

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ピアノ・死・肉味噌 - 2021年4月13日の日記

 

午前中、久しぶりにピアノを触った。昨日のストリート(駅)ピアノに刺激されたのだ。ブギウギのフレーズを真似してみたり、小さいときお気に入りだったスコット・ジョプリンのメイプル・リーフ・ラグを少しずつ思い出しながら弾いたりして、そういえば小さい頃からニューオリンズスタイルのピアノが好きだったなと思い出した。たぶんボ・ガンボスの影響だ。もちろん当時はニューオリンズが何なのか全然知らなかった(今もよくわかってないが)。

 

youtu.be

 

いつ聞いても笑っちゃう歌詞。でも笑っちゃうことこそが重要なんだと思う。「あそぼ〜よ 魚ごっこ」というのはドゥルーズの「動物への生成変化」と同じことを言っているのではないかな。

 

 

須原一秀自死という生き方』(2008年)読んだ。能動的、積極的な死の受容を推奨し、一つの哲学的プロジェクトとして65歳で自死した哲学者が書いた本。とっても面白かったし、自死を選んだ息子によるあとがきで、父・一秀が生前遺した本作の原稿を読んで「父にもう会えないのは寂しいが、悲しむことではない」と結論付けていたのが印象的だった。

自死による尊厳の保持という生き方、思想は一考の余地があるものだと思うし私も賛同したいところもあるけど、自助がことさらに強調され、自己責任論が浸透し、相模原障害者施設殺傷事件(津久井やまゆり園事件)の犯人の思想に大衆が“賛同”するような今の世の中では口に出すことさえ躊躇ってしまう。自死の権利を議論することができる倫理の土壌が全然育っていないから。

 

この本で始めて知ったことだけど、死の受容の5つのプロセスで知られる精神科医キューブラー・ロスは数十年間の仕事を通して、死は怖くない、誰にでも訪れるもの、死を受け入れましょう、みたいなことを言ってたにも関わらず、自身が病気(老衰)で亡くなる直前には全然死を受け入れられずかなり不機嫌になったりしていたようだ。人生レベルのガッカリ感が悲しい。

 

 

今日は晩ごはんに肉味噌のレタス巻きと、カボチャのスープを作った。肉味噌は味はうまくできたが、ネットに書いてるレシピをあんまり守らなかったので適量が分からず、かなり作り過ぎてしまった。