トビラノのブログ

毎日エッセイを書いています

ヤレバワカリスト - 2021年6月8日の日記

心惹かれている人たちがいる。

一人は、前からブログ読んでくれてるみんなにとってはもはや言わずもがな、の坂口恭平である。不快なことは逃げる、楽しいことだけを考える、才能とは継続である……等々、世界がひっくり返るような、というか重力がなくなって全てが宙に浮かんでポワポワしてしまうような常識離れしたアイデアをそこら中にばら撒いて、いつもニコニコしている狂人。彼が1年ちょい前にパステル画を始めてから毎日毎日描き続けてびっくりするほど上手くなっていくのをTwitterでリアルタイムで目の当たりにして、私も絵を始めようと思い至った。弟子はとってないかもしれないけど勝手に心の師匠だと思っている(人生の)。おそらく、世界中で坂口恭平イズムに魅了された何千、何万人もの弟子たちに師と仰がれていることでしょう。

二人め、いや二組めは、どんぐりずの森くんとチョモランマ。あんまり追いかけてないから詳しくは知らないけど曲がカッコよく面白いので好きになった。音楽性は明らかにマネっこから始まってることが分かるのに、すでに自分らのサウンドに昇華してるのが凄い。そして歌詞がいい。

三人めは、小さい頃からずっと好きな奥田民生。近頃のリリースはほとんど触れてないが、小学生時分に親の車でいっっっつも流れてた股旅〜Compあたりを最近改めて聴き直してみたらすごく重要なことを歌っているのに気づいた。

 

この人たちにいくつか共通するところがあるのを発見したので自分用に記しておきたい。坂口恭平に関してはnoteやツイートやインタビューやらどこかしらで必ず同じようなことを言ってるんだけど、数が多すぎてどこから引用すればいいか不明なので省略する。でもこれから列挙する要素はぜんぶ坂口恭平のあり方にも共通することである。

 

・無意味な・言葉遊びでしかない歌詞、そもそも遊びでしかない曲

どんぐりず………Powerful Passion「1 2 3 4 5 6 7 8 9 10」「みなさん−こんにちは」、NO WAY「知らんぺったん shut down, bitch」、Oh Gi Mamaカエルの歌など多数

奥田民生………マシマロ「マシマロは関係ない/本文と関係ない」、快楽ギター「次のコード進行はAADA」、リー!リー!リー!など多数

 

・アイデアを温存しない

どんぐりず………Nadja「俺らのアイディア出し惜しみしない」

奥田民生………プライマル「おもいついたらこのまま/おもいえがいたそのまま/できるだけ最初のまま/忘れないうちそのまんま」

 

・創作への態度が小気味良い

どんぐりず………E-jan「なんだってやっちゃえばいいじゃん/正解もどうだっていいじゃん」

奥田民生………カンタンカンタビレにて楽曲の制作過程を全て公開

 

・上昇志向

どんぐりず………Nadja「俺ら見てるとこそこじゃねえまだ上」

奥田民生………KING of KINLED ZEPPELINJIMI HENDRIXを超えようとして」

 

他にも色々あるけどここらでやめる。実際にはこれらの要素が幾重にも折り重なって彼らに共通するある思想を形成しているので雑に抽出して一つひとつ箇条書きにしてまとめていくのは無粋っつーか野暮だけど、とにかく自分の中に残しておきたくて、そしてブログを読んだあなたが少しでも影響を受けてくれたらというささやかな祈りも込めて、書いた。この三組に共通するイズムの正体が何なのか、分からない人には非常に分かりづらいけれども、実は彼らが言っているそのままの意味でしかない。シンプル・イズ・ベスト、やればわかる。そういうことだ。ほんとに、やればわかる。あえて名前をつけるとしたら「ヤレバワカリズム」である。

著名なヤレバワカリストの方々はみんな決まって、自分のカッコよさを認め、かつ、自分は天才ではないと口にするのだが、これは何も矛盾していない。やったら誰でもカッコよくなる。やったから自分はカッコよくなった。ただそれだけのことを言ってるんだと思う。

そういえば、もう面倒くさいからまとめて書くことはしないけど、「他人の評価に落ち込む暇があるなら作る」というようなこともみんな共通して歌っている(書いている)。私がブログを毎日続けて書くことができてるのも、偉大なヤレバワカリストたちからこれを学んだおかげだ。

 

 

23時頃、犬がオウンオウンと鳴きわめくので夜の散歩に連れて行った。

夜の涼しい風に吹かれて気分よくなり、頭の中で響く音楽や言語による思考を一旦止めて頭をあるがままの状態にしてみようと思いつく。がんばったけどなかなか難しかった。言語で考えることを止めることができているときに「今、言語で考えることを止めることができているなあ」と言語で考えることはできないから。でも言語控えめモードにはできたような気がした。言語控えめモードの脳で、向こうから歩いてくる女たちのおしゃべりを聴いてみると、これはただの音だ、と感じた。ただの音を次々に発してコミュニケーションが取れるのは、彼女らが(そして私も)ある〈ただの音〉に規則性を見出し、規則性を頼りに〈ただの音〉に付与された意味を類推し、その規則性を真似て〈ただの音〉を発してみる、という学びの過程を経てきたからである。

夜の公園をうろうろ歩き回る犬を眺めながら、もし言語で思考することができなかったら過去や未来、あるいは現在の概念を持つことはできるだろうか?と思った。犬がどれだけ言葉を理解しているのか知らないが、人間の指示する声に合わせてお手や伏せや色々な芸ができるようになったところで、たぶん音に反応しているだけで、言語として理解しているわけではないだろう。昨日とか明日のことを考えないとはどういうことなのか私には分からない。

 

犬がやっと寝た。21時過ぎから4時間ほど相手してたのでちょい疲れた。心理的に…。

 

あ、今日は絵を描いたんだった。

 

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パステルでしばらく犬を描いてなかったので描いてみたらかなりかわいいのができた。今日描いたというか今日完成しました。朝の3時間余×3日間で、合計10時間ぐらい掛かったのかな?だいぶ速く描けるようになってきた。

絵が増えてきて今は保存方法に困っている。フキサチーフを吹きかけたところで完全には定着しないから普通のファイルに挟んでると出し入れのときに粉が落ちて大変なことになる。どうしよ〜。いちいち額装するのタリィしな。

将来は絵を売って暮らしたいなとかぼんやり夢見てたけど、良い絵が描けたときほど「絶対誰にもあげたくない!」と思ってしまうからなかなか難しいと気づいた。友達ならあげたいと思えるけど、知らない人に渡すのはほんとに無理。特にこの絵は。基本的に自分が描いた絵はすごく愛着が湧くから知らない人のところに行ってほしくないのだ。