トビラノのブログ

毎日エッセイを書いています

幽霊の気分 - 2021年7月29日の日記

日記を再開すると宣言した翌々日から日記を休んでしまいました。泊まりのお仕事で疲れてたのと、先にやりたいことが他にあって。

 

 

 昨日ついに犬を動物病院に連れて行った。行ったのは私でなく両親だが。

 獣医の先生に診てもらって曰く、「ボケてるのはもうどうしようもない」とのことらしい。まあ予想通りではある。ボケの進行を抑える薬と、生活リズムを矯正するため夜眠らせる薬をそれぞれ出してもらうことになった。大声でギャオギャオ吠えるようになったことを相談すると「今まで我慢してたのを解放して野生に戻ってる」と言われたそう。なにか不安を感じたり体の不調を訴えてるのではなく、楽しくて鳴いてるらしい(!)。ご近所さんには悪いが、日中の遠吠えは好きにさせておくことにした。

 なんとなく思いついて犬の目の前で遠吠えのモノマネをしたところ、片耳を傾けて部屋の中をキョロキョロ見渡したあと、私の目の前に来てアオンアオンと遠吠えを返してくれた。野生のコミュニケーションが取れたようでした。

 

 

 ひとりで夜の公園を散歩してるときに幽霊になる方法を発見した。

 幽霊になるといっても体がぼんやり透けて見えたり地面や壁をすり抜けられるようになるのではない。無論、あの世へ行くことでもない。幽霊になるとは、自分が認識できなくなることを意味する。自意識の消失、自己イメージの不在=幽霊。つまり自分自身だけが体験できることである。

 広いグラウンドの隣、街灯も人気(ひとけ)も少ない林の中を、いちばん気持ちいい速度でてくてく歩く。幽霊になるには他人の存在を意識しない・できない場所にいなければいけない、他人の目に映る自分の姿が見えてしまうから。さて、黙って歩いているとき頭の中では言葉が渦巻き、入り乱れる。頭の中の言葉は自由で速すぎて、なかなか掴めなかったり、気がついたら同じ場所をぐるぐる回っていたりする。そこで、思ったことを声に出すことにより思考に制限を与えてみる。「あー、あー。ことば。ことばを声に出す。声に出す、くり返す。くり返す。くりかえす。くりかえすことば。クリカエスコトバ。イメージ。イメージの世界。くりかえす、リズム。リズム。リズム。歩くリズム。あ!音楽だ。わたしの音楽。わたし。」………こんな感じで、結構大きめの声でブツブツ言いながら歩き続ける(二回ほど人とすれ違い、二回とも大げさに避けられた)。声に出さないことは考えないようにして、考えたことをなるべく自分の言葉だけを使って音声化する。口が勝手に回るような言葉は使わない。はじめは、頭で考える驚異的な速さに対する音声の遅さに居心地の悪さを感じて、うまく言葉がつながらないが、しばらくブツブツしゃべっているとだんだん、「頭で考える」→「声に出す」という二つの段階が「声に出して考える」という形で一体化する瞬間が訪れる。考えが自然に声になり、私はただ自分の喉から出た声を新鮮な気分で聞く。まさにこのとき私は幽霊になっている。が、自分では気づくことができない。すこしして思考と音声のあいだにふたたび距離が生まれたとき、はじめて自分が幽霊になっていたことを知る。幽霊になっている瞬間は非常に気分がいい、というか、気分がいいとか悪いとかいう表現を捨てて、ただ「気分」になっているような感覚がある。仏教の呼吸瞑想に近いかもしれない。この状態で思いついたことを人間に戻ってから振り返ると結構おもしろい。