トビラノのブログ

毎日エッセイを書いています

リセット癖はあるが…

 リセット癖がある。
 何年も続けた日記やアイデアノート、大事にしていた人形、写真が、ある日突然なんの価値もなくなってしまう。昨日まで大切にしていた宝物がむしろ邪魔なものに感じられ、「要らないから捨てよう」とあっさり捨ててしまう。ゲームをリセットするように。そして捨てたことを後悔することはない、つまり、一度見失った価値は二度とよみがえらない。
 価値を見失ったゆえに捨てることは、「捨てよう」と思っている時の私にとっては完全に正しい・理性的な判断だから、それを理性の力で抑えることができない。Google検索で「リセット癖」と入力するとサジェストに「メンヘラ」と出るが、自分でコントロールしたくてもできない状態はまさしく病的。
 LINEアカウントを消したくなったりブログを閉鎖したくなったり、さっきからリセット衝動の予兆が現れ始めている。LINEを消してもブログを閉鎖しても究極的に困ることはないからいいけど、それより忘れていたリセット衝動の感覚を思い出すのが怖い。今わたしが大事にしていると自分で思っているものを、将来のわたしはあっさりゴミ箱にポイするかもしれない。そのきっかけを予測できなくて、でもリセット癖があることだけは確かで、自分の言動になんの責任も持てない。

 今日なんとなくリセット癖の影が見え隠れしているのは、昨日の夜あまり眠れなかったからだ。
 身体が疲れていると頭も疲れて、よくないことを考えてしまう。
 敬愛する坂口恭平先生の言葉だが、人は気分がいいときには楽しい記憶を思い出し、鬱のときには悲しい記憶を思い出す。つまり現在の自分のあり方によって過去の自分のあり方は変わる。過去の行いを理由に、自分は性格がこうだから言動に責任を持っちゃいけないんだ、と決めつけるのは単に現在の自分に何か問題があるからで、事実でもなんでもない。
 こう書くとリセット癖なんてどうにでもなる気がしてきた。