トビラノのブログ

毎日エッセイを書いています

生活に誇りを

 夕飯を食べ終えて、夜の散歩に出かける。公園では、夏休みの終わりを控えた高校生たちが花火をしている。度が合っていない眼鏡越しの視界に、オレンジや赤の火花が円くぼやけて輝く。ここのところいつ来ても誰かが花火をやっているのを見かける。

 今年も花火をした。大学の友達(ほとんどは後輩)と、去年まで住んでいた学生街で。楽しかった。後輩が学生街にいるのは長くてもあと2年くらいだろう、いつまでも学生気分で気軽に集まって遊べるわけではない。みんな就職してばらばらの土地に引っ越していく。
 就職した同級生と遊ぶことはほとんどなくなった。もともと同級生より下級生のほうが仲が良かったのもあるが、学生時代はたまに会っていた同級生とももうほとんど連絡をとっていない。
 留年したり休学したり、会社を辞めたり、いろんな理由で4大卒の王道ルートを離れた同級生とはそこそこ縁がある。

 会社員になった同期や先輩とたまに話すと、いつの間にか仕事の愚痴を聞かされるハメになる。誇りを持って働いている、と楽しそうな顔を見せる人はいない。私のフリーター生活を、気楽さを羨ましがる人もいる。
 そういう人たちに「嫌なら会社辞めれば?」と言ってはいけないのを私は知っている。というか何回か言ったことはあるのだけれど、言ったところで何かが良い方向に進むことはないので、やがて言わなくなった。私の知り合いのほとんどは、その気になれば実家に帰ることもできる環境に育っている。だから本気でそうしたいなら会社を辞めて実家に戻ればいい。でも「嫌なら会社を辞めたらいい」と言われて「じゃあ辞めます」と言える人ならそもそもそんな会社で長いこと働いていないはずだ。私にはわからない理屈で、彼らは会社を辞めたいと言いながら実は辞めたくないのだ。

 自分の生活費を自分で稼いでいて、偉い。偉いんだからそのことに誇りを持てばいいのにと思う。
 私は甘ちゃんだ。今の生活を申し訳なく思ってはいないけど、誇りを持ってもいない。親元を離れて自力でサバイブしていないからだ。
 甘ちゃんでも生きていていいと思っているが、同時に、このままずっと甘ちゃんではいけないとも思っている。その二つは私の中で遠く遠く離れたところにあって、私を引き裂こうとする。